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追悼

今年はとても大事な人が2人旅立った。

 

一人は、蜷川幸雄氏だ。もちろん、一度も面識はない。

初めて蜷川作品を観に訪れたさいたま芸術劇場で、普通に廊下を歩く蜷川幸雄とすれ違い、さい芸ではこんなに簡単に生蜷川幸雄を見れるのか!と感動した記憶がある。しかし、それから何度か訪れているが、一度もすれ違うことはなかった。ちなみにその時観た作品は『ヘンリー四世』だった。

最も尊敬している演出家だ。元々、青年団界隈から演劇を観始め、自分もそういう作品を創るのだとあれこれやってみても全くうまくいかなかった。自分が創りたいもの、創れるものって何なんだろうと悶々としていた。それがはっきりしたのが、シェイクスピアプロジェクトでヘンリー四世を演出するに当たって蜷川さんのヘンリー四世を観劇した時だ。ダイナミックで、疾走感で溢れ、美しく、知的な作品だった。開始1分で打ちのめされた。それからいつの間にか、私の中で絶対的な演出家になっていた。勿論、信者になりすぎてもいけないと思うが、信じるものがあった方が糧になると思っている。稽古を見てみたかったし、もっと作品を観たかったが、かえってこういう存在のままな方がいいんじゃないかって今は思う。私は、頑張りますよ。

 

そして、もう一人は、最愛の祖父だ。

普通、赤ちゃんが初めて喋るとしたら「ママ」「パパ」らへんだが、私は「じーじ」だったそうだ。いつも祖父の膝の上にいた。面長で、長身で、優しい目をしたかっこいい祖父だ。インスタントコーヒーが好きで、小さい頃私はいつもクリープをコーヒーに入れる係だった。タバコもずっと吸っていて、海外旅行の帰りに免税店で祖父にタバコを買って帰った時、自分も大人になったなと思った。

ここ数年認知症気味で、入退院もあったから、何となくそういう時期が近付いているのかと思っていたが、どうしてちゃんと現実のものとして考えていなかったのだろう。祖父が亡くなってもいまだに実感が湧かないのは、ここ数年頻繁に足を運んでいなかったからなのではないかと後悔している。

持って、あと1~2週間と宣告された時、それからほとんど毎日、祖父の好きな甘いものを買って病院に足を運んだ。とらやの水ようかんが1番よかったみたいで、頬張る写真が母から送られてきた。亡くなったのは、山の日の明け方だった。ちょうど前日は、母と祖母以外、皆が今日1日くらいは大丈夫かなと顔を出さなかった日だった。前々日、最後に祖父のお見舞いに行ったとき、皆が帰るのを淋しそうに手を伸ばす祖父が忘れられない。なんであの時、眠るまで一緒にいてあげなかったんだろう。なんであの時、今日くらいは大丈夫かと会社の送別会に行ってしまったんだろう、たくさんのなんでが溢れかえった。なんで、別れというのは、後悔が付き物なのだろう。

亡くなる直前は、子供、孫が全員駆け付けた。その時はもうぜぇぜぇと苦しそうで、こちらに反応することはなかったが、息を引き取る瞬間は全員で見送った。

その後、霊安室の隣の控室のようなところで、残った羊羹を食べた。あんまり味がしなかった。

もっと、目も当てられないくらい落ち込むと思っていたが、普通に稽古に行き、普通に会社にも行った。それがどういうことなのか正直わからない。まだわかってないのか、わかりすぎていたのか。わからないから、とにかく死に物狂いでご冥福を祈った。ありがとう。

 

今年の最後に備忘録として。まあ、忘れることはないだろうが。

人の死、というのは、どうしてもまだ恐怖の塊みたいなところがある。きっとこれから、たくさんの別れが待っている。そういう年齢になってきている。後悔しないように、大事な人にはマメに会いに行くようにしている。